ファビアン・バルテズといえば、1990年代を代表するゴールキーパーのひとり。
クラブではマンチェスター・ユナイテッド の守護神として活躍し、フランス代表では1998年の母国開催のワールドカップで優勝。日本代表ともコンフェデレーションズカップで対戦しており、当時世界ナンバーワンのキーパーとして日本の前に立ちはだかった。また、一度見たら忘れない印象的なスキンヘッドをしているため、記録だけではなく記憶にも残る選手だった。
すでに引退から10年以上経っているが、実はバルテズはまだスポーツ界で活躍していた。しかし、それはサッカーではない。
ゴールキーパーからレーシングドライバーに転身したバルテズ
マンチェスター・ユナイテッドを退団した後、母国フランスのクラブで数年プレーしたバルテズは2007年に現役を引退。彼ほどのキャリアがあれば、しばらくの間休んで、そのあとにクラブのコーチになったり、何かサッカー関係の仕事に就くことはたやすかっただろう。しかし、バルテズは違う人生を選んだ。それがモータースポーツへの道だ。
現役を引退してから一年後の37歳の時、フランスで開催されたポルシェ・カップでレーシング・ドライバーとして第二のスポーツ人生をスタートしたバルテズ。このレースは国際ライセンスさえあれば誰でも参加できるものだったため、当初は軽い気持ちで参加したバルテズだったが、この出来事が彼の人生を変えてしまったという。
この出来事を機にレーシング・ドライバーとしての活動を本格化させたバルテズは、その後の数年間でフランスGT選手権王者なるなど、レーサーとしても一流の活躍を見せた。そして、2014年には彼のキャリアでも最も大きなチャレンジのひとつとなる「ル・マン24時間レース」に参戦。チーム「Sofrev ASP」の一員としてサルト・サーキットでのデビューを飾った。バルテズはレーシング・ドライバーとして活動を始めてからの数年間で「やれるだけのことはすべてやった」のだという。「レースが楽しくて、それしか考えられなかった」とバルテズ本人が語っている。
2015年はレーシング・ドライバーとしての活動を休んだバルテズだが、翌2016には元F1ドライバーのオリビエ・パニスと共に「パニス・バルテズ・コンペティション」を立ち上げてル・マンに参加し総合12位という好成績を残している。